雲に踏まれた話

今週のお題「空の写真」

写真がお題ですが、写真はありません。写真はありませんが、空の想い出がありますので、それを書きます。

何年も前のことですが、川の近くに住んでいたことがありました。平らなところでした。ぐるっと首を回すと、遠くまでみわたせる低い土地でした。
川の土手には、バイクが走れる程度の幅の狭い舗装道路がありました。ずっと続いている道でした。街灯もない道でした。川の向うのスーパーに行くときの通り道で、散歩道で、家族で土手道と呼んでいました。私は、その土手道がどこまで続いているのか知りませんでした。土手道を川上に行けば、小さな幼稚園があることと、川下に行くと、細い橋と畑があることを知っていました。川はゆったりと蛇行していたので、土手道は、ほぼ真っすぐに見えました。

夏でした。
土手道の川側はイネ科の草やクズの葉がみっちりと生えていて、道を歩くと人の気配に驚いてバッタが跳び出てきました。
日にやけたアスファルトが、うねっていました。
誰もいない土手道を歩いていると、世界中に人間はポツンと自分一人。
そういう気のする晴れた日でした。
強い風が吹いていました。
多分上空にはないもっと強い風。
歩きながらふと、土手道の先を見ると、何か黒いものが道を走って来ます。
凄い速さでこちらに近づいて来ます。
これは何かだ。何かの影だ。
見上げると雲が一つありました。
雲の影が私を踏んで、さっと通り過ぎました。
振り返ると、今私を踏んでいった影が、来たときのままの早さで、そのまま土手道を真っすぐに走って遠ざかって行くのが見えました。
青い空には雲が浮いていました。

急ぎ足の雲が、今踏んでいったなあ

世界中に自分しかいないみたいな土手道で、そういう雲の想い出が出来ました。