「イザナミの怒り」を生きる

先日ワイドショーで、録音された豊田真由子さんの暴言を聞きました。
こういう人は、ときおり見かけますね。
男でも、女でも。
内側に何かしら激しい怒りがあって、わずかでも刺激されると一気に噴出させる人。
その出し方が、だんだんとエスカレートしていって歯止めがきかなくなってしまったのかな、という人。


豊田真由子さんは、いつからあんな状態だったのでしょうね。
男社会は、よほど大変だったんでしょうか。
それとも、もっと小さいときから、傷つけられつづけてきたのでしょうか。

年齢的には、ホルモンのバランス変化などもはじまっているのかもしれませんが、、
私には、深く大きい傷を負った人なのだな、と、感じられました。
そして、大きな癒しを求めている人なのだな、とも感じました。
でも、傷の痛みの訴え方と、癒しの求め方の部分が壊れてしまっています。


ここまできてしまったら、ちょっと普通の人に、こういう恨みは受け止めきれないと思います。
職業上の関係者に、受け止める義務もないとも思います。
きっと、豊田さんの周囲の人は大変だったでしょう。

豊田さんが感じていた強い怒りと恨みは、もう、豊田さんの個人的な感情の域を超えている気がします。
「人間」とか「女性」とか、そういう大きなものの感情を、生きてしまったのではないかな、と感じました。
イザナミの怒り」を生きてる。
と、そんな風に私は感じました。

分からない人にはさっぱり分からないと思いますが、
人生の中で、自分を超えた何か大きな感情を生きてしまう時期を持つことって、ときおりありますね。

その感情が、善であっても悪であっても。生ききらないと終わらない。

入院されたようなので、この大きな恨みや怒りをどうに生ききって、

ごく普通の一人の自分に戻って、
もう少し楽に暮らせるようになれたらいいなと思います。